県内有数の田園地帯では人々が農作業に勤しみ、一帯には、村の守り神の道祖神が点在する―。のどかな風景は日本の「原風景」にも例えられ、憧れの移住先としても知られる。豊かな自然を生かした子育て環境の充実に加えて、2024年には県内で初めて、内閣府の「SDGs未来都市」と「自治体SDGsモデル事業」のダブル選定都市になった。自然・文化・産業の共生の街として発展している安曇野市について太田寛（ゆたか）市長にお話を伺った。 憧れの移住地で、安心して子育てしてほしい ―市長が感じる、安曇野市の魅力を教えてください。 太田市長（以下・太田）：北アルプスの山々が連なる雄大な自然を背景に、その麓に広がる田畑やわさび田、それらを潤す堰（用水路）、屋敷林…。そして、そこで暮らす人たちの日々の生活が一体となった風景です。他地域で、自然の絶景は見られますが、そこに、人の営みの息遣いが感じられる風景は、とても貴重で、それが魅力の本質なのではないでしょうか。 ―その「原風景」に変化は感じますか。 太田：仕事などの関係で、離れたことはありますが、安曇野で生まれて60年以上経ち、変化は感じます。経済や社会状況が変わるにつれ、街の風景が変わるのは当然ですし、移住者が増えることで、新しい変化もあると思います。ただ、雄大な自然と人の営みが「共存する」風景は変わっていません。

PREV NEXT

• 
  北アルプスを背景に水を湛えた広大な水田が広がる
• 
  環境省の「名水百選」に認定されている「安曇野わさび田湧水群」
• 
  農業用水路「拾ヶ堰」は世界かんがい施設遺産に登録されている

―その移住者が増えている背景は。 太田：よくいわれる「日本の原風景」に魅せられて、という点はあるでしょう。ただ、一番の理由は、子育て支援・環境の充実だと考えています。2年前の移住者、約350人のうち、約200人が15歳以下でした。若い世代が、子育て環境の良さから、子どもと一緒に移住して定住するケースが多いようです。 ―具体的に、どのような子育て支援をしていますか。 太田：ほかの自治体で一般的に行っている支援に加えて、保育施設の拡充により、待機児童はゼロになりました。公立園の園庭芝生化も始め、安心して、気持ちよく裸足で駆け回れます。「自然保育」を推進し、園内の田んぼでコメ作りをするこども園もあります。医療費無料化についても18歳以下に延長し、聴覚検査費用など、新生児の各種健康チェックの費用助成も開始しました。また、「長野県立こども病院」があり、先進的な知識や技術を持った優秀な小児科医が多いことなども、安心につながっていると思います。

PREV NEXT

• 
  約400体以上ある道祖神は、単体の市町村では日本一
• 
  子育て環境のよさも安曇野市の魅力のひとつ
• 
  芝生化された保育園の園庭１
• 
  芝生化された保育園の園庭２

新たな可能性を秘めた、安曇野産食材のフルコース ―ほかの移住要素については。 太田：「あづみの産業団地」や現在整備を進める「青木花見産業団地」「島新田工業団地」周辺の拡張などを中心に、製造業が集積しているほか、観光業や商業といったサービス業など、各産業がバランスよくそろっているため、働く場所が豊富にあります。市内には、JR篠ノ井線と大糸線が通り、長野自動車道にアクセスできる出入口が2ヵ所、さらに安曇野北インターチェンジ（仮称）が完成すれば3カ所に。松本市や塩尻市、諏訪市、大町市や白馬村だけでなく、長野市や千曲市も通勤圏内で、買い物やレジャーにも便利です。こうした交通の利便性の高さも、移住先として人気が高い理由だと考えています。

PREV NEXT

• 
  あづみの産業団地
• 
  青木花見産業団地
• 
  島新田工業団地
• 
  市内を走るJR大糸線
• 
  安曇野北インターチェンジ（仮称）の完成イメージ図

―県内有数の米どころですが、農業については。 太田：安曇野市は、水田耕作面積が県内一、１等米比率も96％を超え、県内で最も高くなっています。日本一のワサビの産地であり、果物はリンゴや、安曇野生まれの夏秋イチゴ「あまあづみ」（小学生が命名）が高評価です。また、バイデン前米国大統領をもてなした「信州サーモン」の産地でもあります。堰がもたらす北アルプスからの水が育む、これら素晴らしい農産物をPRして、購入してもらう―。これも農業支援の一つだと考えています。

PREV NEXT

• 
  北アルプスの清水で育ったお米は絶品
• 
  豊富で綺麗な水で栽培される安曇野産のわさび
• 
  北アルプス山麓にある農地で育った豊潤で上質なりんご
• 
  安曇野生まれの新品種の夏秋いちご「あまあづみ」
• 
  ニジマスとブラウントラウトを掛け合わせた品種「信州サーモン」

―具体的にはどのような施策を行っていますか。 太田：2022年から安曇野調理師会の田島会長をはじめとした調理師会の皆さま、郷土料理研究家の横山タカ子さんらの監修で、安曇野産食材のみによる和食・フレンチ・中華・イタリアンの各フルコースレシピを考案し、安曇野産食材の魅力を改めて感じました。 農産物の販売促進として、JR東日本と協力して、新宿駅での「あずさマルシェ」、さらに、関西圏でも飲食店と連携イベントを始めました。経済成長著しい、シンガポールで行ったトップセールスでも手応えを感じたので、継続して販路拡大につなげたいです。 もう一点、移住者などの新規就農が多いとはいえ、後継者の確保も急ぎたいですね。シドニー五輪銀メダリストの柔道家で、現在は、約１ha規模の農業をしている篠原信一さんに「あづみの移住大使」として、銀座NAGANOなどでトークイベントを行うと、ライブ感のある、農業生活の話に見学者は興味津々です。多様な機会を通じて、農業の魅力を伝えていければと考えています。

PREV NEXT

• 
  安曇野産食材のみによる和食
• 
  安曇野産食材のみによるフレンチ
• 
  安曇野産食材のみによる中華
• 
  安曇野産食材のみによるイタリアン
• 
  あずさマルシェの様子1
• 
  あずさマルシェの様子2
• 
  「あづみの移住大使」の篠原信一さん

文化・芸術、アウトドア。ファンの期待に応えたい ―観光に関してはいかがでしょうか。 太田：現在、力を入れているのが、「アウトドアの聖地化」。ガイドの育成や、オリンピアンによるマウンテンバイクやカヌー・ラフティングのコース設定です。 現在市が進める東部アウトドア拠点の整備事業にあたっては、シドニー五輪カヌー・スラローム日本代表の安藤太郎さんにアドバイザーとして参画いただき、コース設定から地域一帯の活性化を進めています。 また、令和４年にオープンしたMTBコースは、アトランタ五輪MTB・クロスカントリー日本代表の小林可奈子さんに監修いただきました。同コースは2026年全日本自転車競技選手権大会の開催地に決定しており、全国から選手が安曇野市を訪れていただくことが期待されます。全国トップレベルの選手が参加する大会が盛大に開催されることにより、今後の誘客につながるものと考えています。さらに、シドニー五輪MTB・クロスカントリー日本代表の鈴木雷太さんには、プロデューサーとして全国的にも人気の高い「アルプスあづみのセンチュリーライド」を開催していただいています。松本市・安曇野市から白馬村までのロングライドは、田園風景や北アルプスの景観を楽しめます。長峰山では、ハングライダーのテイクオフ台の改修に加えて、そこからの景色が素晴らしいです。変化に富んだ地形や自然の風景を、いろいろな方法で楽しめると思います。

PREV NEXT

• 
  令和４年にオープンした安曇野MTBコース
• 
  爽やか風を感じながら地形を活かしたコースが楽しめる
• 
  カヌー・ラフティングのコース1
• 
  カヌー・ラフティングのコース2

―充実した文化・芸術関連施設の活用については。 太田：日本近代彫刻の先駆者・荻原守衛（碌山）を代表に、多くの芸術家を輩出してきた地域で、美術館や博物館が点在し、現在もアーティストたちが工房を構えています。さらに、市有形文化財「穂高鐘の鳴る丘集会所」を改修、大学生らの滞在拠点として、学びや制作活動の拠点に整備しています。東京藝術大学や京都芸術大学の学生らが滞在して、作品を制作したり、市民とワークショップを開くプロジェクトも実施しています。文芸サークルも盛んで、安曇野を舞台にした小説「安曇野」に関する講座は好評です。芸術・文芸などの感性や知性をさらに磨ける環境になります。

PREV NEXT

• 
  荻原守衛（碌山）の作品を収蔵、展示する「碌山美術館」
• 
  アートライン
• 
  学生などの滞在拠点として改修された「穂高鐘の鳴る丘集会所」

―臼井吉見の長編小説「安曇野」ですね。 太田：小説の完結から50周年を機に、絶版になっていた小説「安曇野」（ちくま書房）の復刊に向けて実施したクラウドファンディング（CF）などで寄付を募ったところ、目標額の3倍の約290万円の協力をいただきました。安曇野出身で私塾「研成義塾」を創設した井口喜源治や荻原碌山、新宿中村屋を創業した相馬愛蔵、妻 相馬黒光など、教育者や社会運動家、芸術家…といった多様な人物、約2000人が実名で登場しており、近代日本を築いた人たちが、安曇野が縁でつながり、活躍していく生涯は、安曇野の魅力を現在に伝えています。全５巻、「大河ドラマ」級の大作ですが、ぜひ若い人に読んでほしい。刺激になるはずです。

PREV NEXT

• 
  小説「安曇野」の想いを熱く語る太田寛市長
• 
  復刊した小説「安曇野」全5巻

―「安曇野ブランド」の高まりを感じます。 太田：「碌山美術館」の改修の際も、CFで目標額の3倍の2,200万円が集まりました。「滞在拠点」の整備では、芸術系学部に加えて、文系学部からの引き合いもありそうです。ファンが多く、高い関心を寄せてもらっているのだと実感します。さらに、おいしい農産物の販売促進や、変化に富んだ自然・地形を生かしたアウトドアの整備などに力を入れて、多くの期待に応えていきたいと思います。自然や芸術、安曇野の農産物による料理、アウトドアスポーツ…など、安曇野に触れ、楽しめるコンテンツは豊富なので、ぜひ体感していただきたいです。