日常を一句に凝縮させた市井の俳人 「是がまあつひの栖か雪五尺」 不世出の俳諧師・小林一茶は、宝暦13（１７６３）年、豪雪地として知られる信越国境の信濃町柏原に生まれた。１尺は約30・３㎝だから、５尺は約１・５ｍ。それほどの深雪ともいえないようだが、一茶が残した『俳諧寺記』によれば、「３～４尺も雪が降り積もれば当時は牛馬の往来もやみ、家の周りを菰で囲めば、たちまちのうちに家の中は常闇に」なったらしい。欝々とするような酷寒の冬の暮らしや春を迎えた歓び、四季折々にめぐり来る自然の営みが、一茶の俳句に影響を与えたと考えるのは当然の流れだろう。 　一茶の家は父祖の代からの農家で、そのためか、一茶句に土の匂いや温かさ、大らかさを感じる人も少なくない。一茶が生まれ育った柏原からは、北信五岳の黒姫山や飯綱山、妙高山を眺めることができる。すぐ間近に山がそびえながらも閉塞感はなく、むしろ開放的。山裾まで広がるそば畑やポツポツと散らばる民家など、穏やかな山村風景が広がり、ここが豪雪地だということすら忘れてしまう。また柏原は、昔からそばの産地でもあった。「そば所と人はいふ也赤蜻蛉」「そばの花咲くや仏と二人前」など、そばを題材にした名句が連なるのも、幼少の頃よりそばに親しんできた証しだろう。 一茶の歴史をたどると、３歳で母が病死、８歳で迎えた継母と折り合いが悪く、15歳で江戸に奉公に出される。仕事先を点々としながら、やがて出会ったのが葛飾派俳人の二六庵竹阿、一茶を俳諧の道へと誘った師匠である。一茶は二六庵を継ぐために７年もの間西国方面まで俳句行脚の旅をしている。信州にも、一茶の俳友や弟子が数多くいた。長野市や小布施、中野、山ノ内町などの地主や酒屋、住職などが集まり、一茶を中心にサロン的な社交場が広がっていたという。また、温泉好きの一茶は、しばしば山ノ内町の湯本に逗留したりと、温泉場に出かけることが多くあった。町内には、一茶が温泉への道すがら歩いたといわれる散歩道が観光スポットとして紹介されている。 一茶が「ついの栖」として、信濃町に帰ってきたのは50歳の冬。子どもの逆縁という不幸や妻との死別、家の焼失と、一茶を不遇の人という見方もある。救いは、一茶の死後に子どもが生まれ、その後も小林家が繁栄していることだろうか。没後１７８年、一茶の俳句は海外でも高く評価されている。日々の暮らしに目をとめ、親しみやすい俳句をつくり続けた小林一茶。今も時空を超えて、一茶の句はいきいきと私たちに語りかけてくるのだ。 小林一茶のプロフィール 江戸時代の俳人として名高い小林一茶は文政10（1827）年、信濃町柏原に生まれた。15歳で江戸へ奉公に出た後、26歳で二六庵竹阿の弟子となり、旅しながら多くの句を詠んだ。継母との折り合いが悪かった故郷・信濃町に帰ることは少なかったが、句には故郷を読んだものもあり、ついの栖には故郷を選び、65歳、故郷の地でこの世を去った。 一茶旧宅 全国各地を巡り多くの句を残した一茶が終焉の地に選んだのが生まれ故郷の信濃町・柏原であった。文化9（1812）年、50歳の冬、柏原へ戻り、ようやく結婚をした。安定した生活を望んだが65歳の夏、火災に遭い、間口3間半、奥行き2間2尺の焼け残った土蔵で暮らし、その半年後、息を引き取った。旧宅は、国史跡に指定されている。 俳諧寺・小林家の墓 一茶の死後から80余年後の明治43（1910）年、柏原にある小丸山公園内に、一茶を慕う地元の人々によって建てられた茅葺きの小さなお堂がたたずむ。お堂の天井には、一茶を慕って訪れた著名な俳人たちの作品が掲げられている。同公園内には小林家代々の墓もあるので、一茶をめぐる旅にはまずここからはじめたい。 一茶記念館 一茶終焉の地である旧宅が国の史跡に指定されたのを記念して、小丸山に建てられた。地域材のカラマツとガラスをふんだんに使ったモダンな建物のなかには、一茶の作品をはじめ、一茶の故郷・信濃町の紹介などがされている。併設する江戸時代の民家を移築改装した建物では、北信濃の民俗なども展示している。