闇に閉ざされた世界に光がもたらされた「天岩戸伝説」。天から遣わされた神が地の王国に国譲りを迫る「大国主神の国譲り」。これら日本誕生の秘話が描かれた「古事記」「日本書紀」の伝説のなかに、実は信州の成り立ちを探る手がかりが記されている。1400年余の歴史をもつ善光寺の由来も合わせれば、原始・古代の信州がわかる。 戸隠神社と天岩戸伝説の里を巡る 日本の神話にも記された天岩戸伝説。天照大御神が籠もっていた天岩戸を天手力男命が投げ飛ばし、戸隠山になったといわれている。岩が飛んできた信州には、そうした伝説にまつわるスポットが点在する。古くから信仰を集め、近年はパワースポットとして注目を集める戸隠神社とともに、ゆかりのスポットも訪れたい。 history＿天岩戸伝説　闇に閉ざされた世界に光が戻る 任されていた海の国を治めず、伊邪那伎命によって追放された須佐之男命は、姉の天照大御神に別れを告げようと高天原を訪れる。しかし、天照大御神は乱暴者の須佐之男命が国を奪おうとしてやってきたのだと誤解し、武装して待ち構える。潔白を照明するために二神が行った〝うけひ〟に勝った須佐之男命は調子に乗り、数々の乱暴を働く。怖れた天照大御神は天岩戸に閉じこもり、世界は闇に包まれる。困った神々たちは思金神を中心に計らいを巡らす。そしてが天宇受売命が天岩戸の前でにぎやかに舞い、気になった天照大御神が少し戸を開けた瞬間、隠れていた天手力男命が引き開け、天照大御神を引き出すのに成功。再び世界に光がもたらされた。 ①戸隠神社 奥社に祀られる天手力男命は、宮崎県・高千穂にあるとされるから、この地まで天岩戸を投げ飛ばしたというパワーの持ち主。その岩が戸隠山になったという。ほかにも思金神や天宇受売命など、天岩戸伝説で活躍した神を祀る。 ②冠着山（姨捨山） 天岩戸は天手力男命が投げ飛ばしたという伝説のほか、隠し場所を探すため背負って運んだという説もある。その途中で休憩し冠を着け直したのが、姨捨山としても知られる冠着山。ここで辺りを見渡し、戸隠山に隠すことを決めた。 ③馬羅尾高原 天狗岩 有明山のふもとに広がる馬羅尾高原の天狗岩は、天手力男命が投げた天岩戸が戸隠まで飛んでいく途中で落ちた、天岩戸のかけらだといわれている。林の中に突如現れる大きな岩は、神秘的な力を感じさせる。 ④有明山 諏訪大社 ゆかりの 神々を巡る 全国に一万社余の御分社があり、「お諏訪様」と称され親しまれ、信仰を集めている諏訪大社。日本最古の神社のひとつで、平安時代にはすでに信濃国一之宮として敬われていた。周辺には諏訪大社にゆかりのある神々をお祀りする神社や伝説の地が多く点在する。「古事記」を紐解き、由来やゆかりの地を紹介する。 history _大国主神の国譲り　「古事記」に記された諏訪大社の起源 「葦原中国は私の子が統治すべき国」とは神子に葦原中国の統治を委任するが、葦原中国には荒ぶる神々が多く、まずは国の平定が必要になる。そこで次々に神々を遣わし、葦原中国を治める大国主神に国譲りを迫った。３度目に遣わされた建御雷神と天鳥船神に迫られた大国主神は返答を子どもたちに託す。ひとり目の事代主神は承諾するが、もうひとりの健御名方神は反対して建御雷神に力比べを挑む。千人引きの大岩を軽く持ち上げるなど力自慢で知られた建御名方神だったが、手を氷柱や剣の刃に変化させる建御雷神には勝てず、遠く諏訪まで逃れ、国譲りを了承。こうして葦原中国は大国主神から天照大御神の子孫へと譲られた。 ①諏訪大社 諏訪大社は上社（前宮・本宮）と下社（春宮・秋宮）の四社からなる。由緒は「古事記」の国譲りの神話までさかのぼることができる日本最古の神社のひとつ。本殿を持たず、上社は御神体山（守屋山）、下社は御神木（春宮は杉・秋宮は一位）を御神体とする。 ②神長官守矢史料館 守矢家の祖先は諏訪土着の神。諏訪へ来た建御名方神と戦って敗北し、諏訪大社の筆頭神官として代々仕えることとなった。資料館には守矢家の歴史資料を保存。建物は藤森照信氏の建築家としてのデビュー作でもある。 ③御座石神社 御祭神は諏訪明神と称される建御名方神の母神、高志沼河姫命。拝殿前の御座石の鹿の足跡は、高志沼河姫命が鹿に乗って来た際残されたものといわれている。毎年4月27日には、とぶろく祭りが行われる。 ④手長神社・足長神社 手摩乳命を祀る手長神社は「手先・芸事」を、足摩乳命を祀る足長神社は「足・旅の安全」を守る神様として知られ、さらには「夫婦円満」にご利益があるとされている。諏訪大社の祭神・建御名方神に従う巨人の神様とされている。 ⑤御手形石 大国主神の国譲りの際、建御名方神は建御雷神と戦い、遠く諏訪の地まで逃れたが、これを追ってきた建御雷神に対して国を譲ることを認めた。その誓いの印として手形を残した石がこの御手形石。佐原諏訪神社に祀られている。 善光寺の ゆかりに詣る 約1400年の昔より老若男女を問わずその門戸を開き、信州の顔ともいえる一大名所となっている善光寺。しかし、なぜこれほどまでに愛され、多くの人々が参詣に訪れるようになったのだろうか？ その答えは、善光寺の伝説や本尊が辿ってきた道筋を追うことで明らかになるはず。いざ、信州最大の謎を探る旅へ。 history_善光寺縁起 善光寺の由来を示した霊験譚 昔、天竺に月蓋長者という不信心で欲張りな男がいた。不治の病におかされた一人娘の如是姫を如来に救ってもらったのがきっかけで帰依。そんな長者の願いによって阿弥陀三尊像が生まれた。その後、百済を経て欽明天皇13（５５２）年に日本へ渡った。反仏教派により難波の堀江に捨てられていたのを、推古天皇の時代、信濃国麻績郷（今の飯田市）から都に来ていた本田善光（月蓋の生まれ変わり）が見つけて故郷に持ち帰る。あるとき、善光の息子・善佐が急死してしまうが、如来が閻魔大王と掛け合って善佐を娑婆に戻す。その帰り道、善佐は地獄に堕ちていた皇極天皇（女帝）を救い、生き返った天皇の勅命によって立派な如来堂が建立された。 ①善光寺 三国伝来（天竺・百済・日本）の善光寺如来。難波の堀江に捨てられていたのを本田善光が持ち帰り、長野に安置。戦国の覇者による流転の末、豊臣秀吉によって信濃に戻された。宗派や性別を超え、すべての人を受け入れている。 ②善光寺（諏訪市） 阿弥陀三尊像が飯田市の元善光寺から長野市の善光寺へ移る途中、諏訪の地に7年間とどまったと伝えられる。それが諏訪市湖南にある松尾山善光寺。県内の3つ善光寺すべてをお参りするのが最良とされている。 ③元善光寺 本田善光は都から故郷の麻績郷に阿弥陀三尊像を持ち帰り、臼の上に祀った。その後、現在の長野市へお堂を建てて移したため、元善光寺とよばれるようになった。残された臼の台座は光り輝いたので「座光の臼」とよび、霊宝となっている。 ■善光寺に由来して建てられたところ ④北向観音 本堂が北を向いているのは国内ではほとんど例がなく、真北にある長野市の善光寺と相対している。善光寺は未来往生、北向観音は現世の利益をもたらすとされ、善光寺のみの参拝では「片参り」になるといわれている。 ⑤牛伏寺 鉢伏山の中腹にある真言宗の名刹で、厄除寺としても有名。唐の玄宗皇帝が善光寺へ大般若経を奉納する途中、2頭の牛が同時に動けなくなったため、そこへ寺を建てたという伝説からこの名が付いたといわれている。 ⑥布引観音（釈尊寺） 布引山釈尊寺は峻険な岩肌にしがみつくような懸崖（けいがん）造りで、鮮やかな朱色の柱が目を引く。「牛に引かれて善光寺参り」の伝説があり、観音堂の中には牛に化身して不信心な老婆を改悛させたという聖観音が祀られている。