ヒト・モノを運んだ街道 昔から地域と地域を結ぶ街道は、ヒトやモノを運び交流を生んだ。江戸時代に入って五街道や脇街道が整備されたことにより、交流は一層増し、さまざまな文化がもたらされた。五街道のひとつである中山道や北国街道など、数多くの街道が通じていた信州には、今も往時の街並みが残り、育まれてきた文化が息づいている。 ○運んだもの＿金・殿 北国街道は江戸幕府によって整備された脇街道。佐渡で採れた金を江戸へ運ぶ道として利用されたほか、参勤交代の際には加賀百万石の大名行列が通るなど、五街道に次ぐ重要な役割を果たした。海野宿で行われるふれあい祭では、時代仮装行列が行われ、往時を彷彿とさせる。 ○運んだもの＿姫 「姫街道」ともよばれた中山道。幕末、徳川家に嫁いだ和宮の行列も中山道を使った。小田井宿まつり（毎年8月16日開催）では、和宮からもらい受けた人形にちなんだ祭りを行っている。 ○運んだもの＿茶 江戸時代、徳川将軍家に献上するお茶を京都市・宇治から江戸まで運ぶ道として利用された中山道。奈良井宿場祭（毎年6月の第1金曜日・土曜日・日曜日開催）の最終日には、「お茶壺道中」の行列が再現される。 往時の姿を残す主な宿場 ①海野宿 千曲川沿いの650mほどに残る北国街道の古い町並み。海野格子や出桁造りのある建物が続き、独自の美しい景観をつくり出している。通りには本陣や脇本陣跡、資料館をはじめ、民芸品の土産店やそば処、ガラス工房が並ぶ。 ②小諸宿 北国街道沿いには往時の姿をとどめ、国の重要文化財にも指定されている小諸本陣問屋が残る小諸宿。問屋とは、宿泊者などの荷物の請け渡しを行う施設だった。また、加賀藩主はじめ大名たちが泊まった本陣主屋が復元されている。 ③上田宿（柳町） 北信濃の武将・村上義清と、北信濃侵攻を目指す信玄とが最初に戦った場所。武田軍は大敗を喫し、板垣信方・甘利虎泰など多くの将兵を失った。この戦いで負傷した信玄は湯村温泉で30日間の湯治を行ったという。 ④奈良井宿 旅人が中山道の難所・鳥居峠越えに備えて宿泊したため、街道一のにぎわいを見せた奈良井宿。約1kmにわたって形成された町並みは「奈良井千軒」とうたわれた。宿内の建物では今も多くの人が生活を営んでいる。 ⑤小田井宿 江戸時代、大名の妻や姫などが泊まることが多く「姫の宿」とよばれた小田井宿。皇女和宮が14代将軍・徳川家茂に嫁ぐ際にも立ち寄り、稚児の人形を残していった。小田井宿まつりでは、授かった人形を駕籠に乗せ、宿を練り歩く。 日本で初めて行われた保存修復運動により、中山道中最もよく往時の姿を残す宿場町。郵便局や交番まで江戸の雰囲気に溶け込ませた800mの路地には歴史的資料も多く存在。一帯は国の重要伝統的建造物群保護区に指定されている。 ⑥妻籠宿 能の舞台となった謡蹟 室町時代、観阿弥・世阿弥父子によって大成された能。その題材には、『平家物語』や『源氏物語』といった広く知られた物語のほか、各地の民話や伝説も用いられた。信州の物語も題材となり、その舞台となった場所には能楽師が実在の人物の役を演じる前に訪れたり、墓参りをしたりするという。そんな謡蹟は伝統芸能の故郷。 大昌寺 「紅葉狩」の舞台として知られる戸隠・柵（しがらみ）の里。大昌寺には鬼女紅葉と平維茂を合祀した位牌や狩野派の三村養益が描いた掛軸など、紅葉ゆかりの寺宝が伝えられているほか、境内には紅葉慈母観音が建立されるなど、見どころ満載。 history＿紅葉狩 「紅葉狩」のあらすじは、戸隠山で紅葉狩を楽しんでいる美女（実は鬼）たちに誘われ、杯を重ねて眠ってしまった平維茂が、夢のお告げで女が鬼だと知らされ、戦って退治するというもの。これは戸隠に伝わる鬼女紅葉の伝説をもとにしている。伝説では源経基の正室を秘術で殺そうとしたことから京を追われた紅葉が、京へ戻ろうと軍資金を集めるため村々を荒らしていたため、勅命を受けた維茂によって討たれたとされている。 その他の謡蹟 ○木賊（下伊那郡阿智村園原） 子と生き別れ、園原で木賊（とくさ）狩りをしていた老父が子と再会する話。 ○善知鳥（塩尻市善知鳥峠） 生前、善知鳥の子鳥を捕って親鳥と引き離した報いで地獄に堕ちた猟師の話。 ○姨捨（千曲市姨捨） 月の美しい更科の里で、昔を恋しく想う老女の思い出語り。 ○土車（長野市善光寺） 出家した主人の幼君を土車に乗せた小次郎が、主人と善光寺で巡り合う話。 今に残る農村歌舞伎の舞台 江戸後期から明治にかけて流行した農村歌舞伎。娯楽の少なかった農村において歌舞伎の人気はすさまじく、各地に専用の舞台が造られた。娯楽の多様化によって歌舞伎の伝統が途絶えてしまったところも多いが、それでも舞台は村の宝として大切に保存され、なかには歌舞伎が受け継がれる地域もあり、その華々しい舞台を見ることができる。 ①大磧神社 約300年前の江戸時代、地方周りの歌舞伎芝居に感動した村人が真似ごとをして始まったという「大鹿歌舞伎」。演じられる舞台は5月と10月に行われ、春は大河原にある大磧神社で、秋は鹿塩の市場神社舞台で行われる。 ②南相木村民俗資料館 茅葺き屋根が趣のある民俗資料館。江戸時代に盛んに開催された村芝居の名残である、廻り舞台などを見ることができる。建物は旧役場庁舎で、村の有形文化財にも指定されている。見学は問い合わせが必要。 ③東町の歌舞伎舞台 日吉神社本殿背後に立つこの舞台は、文化14年（1817）の建立。舞台前は階段状の広い桟敷席となっており、現在も東町歌舞伎保存会を中心として上演が続けられている。また、東御市には祢津健事神社境内にも舞台がある。 ④麻績の里 旧座光寺麻績学校は歌舞伎舞台を兼ねた学校として明治7（1874）年に建設された。取り外しが容易な障子、中2階に設けられた顔見せ用の小窓など、舞台としての機能が至るところに見られ、地元民の歌舞伎への想いが感じられる。