〝シルクの都〟を築いた片倉家 製造業の基盤となる
生糸産業の発達 標高759ｍの地に広がる長野内最大の湖・諏訪湖。この湖を中心とする岡谷市、諏訪市、茅野市、下諏訪町、富士見町、原村の6カ市町村は「諏訪圏」とも呼ばれ、人口20万人の地域に約800社もの中小企業が集まる屈指の工業地域として知られている。豊富な水と澄んだ空気は精密機械工業に適しており、さらに中央道の分岐点として関東・中部・北陸へのアクセスにも優れた場所であることから、国内有数の内陸工業地域へと発展していった。現在もこの地は、電子・電気産業や超精密部品の供給地域として注目を集めている。 諏訪圏の製造業の起源は、明治初期にまで遡る。１８７２（明治5）年、政府は外貨獲得のための産業として、群馬県に官営の模範工場・富岡製糸場を建立した。その３年後、富岡に研修生を送り込んだ松代（現在の長野市松代）の六工社が、富岡の70分の1の費用で国内初の民間蒸気製糸場を開業。さらに富岡と六工社の施設を調査した岡谷の中山社も、富岡で使用されていたフランス式器械製糸を改良した「諏訪式座繰機」を安価で開発して大規模な器械製糸場を造るなど、県内に次々と大規模な製糸場が誕生した。進んだ技術を積極的に導入した長野県は、明治初期の段階で世界一の「蚕糸王国」へと発展していったのである。その後も岡谷市の製糸会社・片倉組（現片倉工業）が各地で製糸工場を展開し、海外へも進出するなど大正から昭和初期にかけて全盛期を迎えることとなる。 ［諏訪のレジェンド①_片倉兼太郎］ 「世界最大」といわれる製糸会社、片倉製糸紡績の礎を築いた「製糸王」。明治11（1878）年、天竜川沿いに洋式器械を取り入れた垣外製糸所を開設したのを皮切りに業務を拡大。明治28（1895）年には片倉組を結成した。「事業は人である」を信条とし、今でいう福利厚生を充実。社宅や寄宿舎を完備し、義務教育を受けていない従業員のために学校を建設。また保健衛生や体位向上を図ったほか、娯楽施設として三沢座劇場を建設した。温泉入浴施設の「片倉館」は、初代の精神を受け継いだ初代兼太郎の弟、2代目兼太郎によって建てられた。 （財）片倉館 昭和初期に製糸工場で働く工員のための福利厚生施設として建てられた天然温泉の入浴施設。100人が一度に入れる浴槽の広さから千人風呂と呼ばれ、深さ1.1mの底には玉砂利が敷き詰められており、足裏の刺激も心地よい。ステンドグラスや彫刻などの装飾がレトロな雰囲気で、映画のロケにも使われた。 〝東洋のスイス〟たらしめた服部家 精密機械企業の疎開を機に「東洋のスイス」へ こうして急成長した製糸業も、人工繊維の開発や昭和恐慌、第二次世界対戦中の輸出停止などで打撃を受け、衰退の一途を辿る。そんな状況を懸念し、戦時中には、県が積極的な誘致を進め、時計やカメラ、オルゴールを生産する精密機械工場が諏訪地域に疎開。製糸工場跡地の工業設備、動力源を活用しながら事業を展開した。 長野県が誇るグローバル企業「セイコーエプソン株式会社」も疎開企業のひとつである。前身となる「第二精工舎」（服部時計店の開発生産部門）が諏訪に疎開し、地元の協力会社・大和工業と合併して「株式会社諏訪精工舎」を創立。その後「信州精機」と合併して、現在の「セイコーエプソン」へと発展した。 このほか、高千穂製作所（オリンパス株式会社）、田中ピストンリング（ＴＰＲ株式会社）も同じく疎開企業である。 また、旋盤技術などを覚えた技術者が独立して発足した三協精機製作所（日本電産サンキョー）や八洲精機株式会社（ヤシカ）をはじめ、兼業農家による中小企業の起業も相次ぎ、この地域の中に大企業を頂点にしたピラミッド型の精密機械工業集積地が形成されていく。1950年代には、諏訪圏は「東洋のスイス」と呼ばれるほど、日本の製造業をリードする工業地帯へと成長を遂げたのである。

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  世界のクオーツ（水晶振動子）は信州で生まれた
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時代の変遷を経て
新たなものづくり拠点を目指す しかし、その後のバブル崩壊や平成不況、メーカーの主力製品の変動など、時代の変遷に伴い、生産拠点をアジア各国へ移転する企業も増加。そうしたなか、2002年には地元中小企業を支援する目的で、諏訪市で「諏訪圏工業メッセ」が開催。以降、毎年開催され、来場者が２万人を超えるなど盛り上がり、２００５年には「NPO法人　諏訪圏ものづくり推進機構」も設立された。 工業地域として長い歴史を持つ諏訪圏が、さらに高い付加価値を持つ「ものづくり」拠点へ進歩発展するべく、コンソーシアム活動も推進。 「医 療・ヘルスケア機器推進研究会」「環境研究会」「航空機システム研究会」など、諏訪圏の企業がタッグを組んで研究開発を進めているほか、教育機関や行政など産官学との連携により、ものづくりのDNAが継承されている。 ［諏訪のレジェンド②_服部正次］ 服部時計店（現セイコーホールディングス）の創業者、服部金太郎の次男。1946(昭和21)年に3代目社長となる。その間、第二精工舎（現セイコーインスツル）の設立とともに同社の専務に就任。1959（昭和34）年、第二精工舎の諏訪工場を分離独立させ、諏訪精工舎（現セイコーエプソン）とする。東京オリンピック、札幌オリンピックでは公式計時を担当。1969（昭和44）年には世界初のクオーツウオッチを発売するなど、世界に「セイコー」を躍進させた功労者である。 サンリツ服部美術館 セイコーエプソン・セイコー電子工業の元社長である服部一郎や株式会社サンリツのコレクションを展示するため、1995年に開館。国宝「白楽茶碗 銘 不二山」や重要文化財「大中臣能宣像」など、東洋の古美術品を数多く所蔵。 ニデックオルゴール記念館 すわのね 精密機械工業が盛んで、オルゴール製造では生産高世界一になったこともある諏訪地域。「すわのね」はNidecが手掛けるオルゴールミュージアム。現代の音色とアンティークな音色が聴けるほか、好きな曲のオルゴールを作る組立体験もできる。 時計工房儀象堂 世界で初めて完全復元した「水運儀象台」は、機械時計のルーツとなった大型天文観測時計塔のほか、諏訪精工舎が生産した歴代の時計などを展示。セイコーエプソン（旧諏訪精工舎）OBの技師が丁寧に指導する時計づくり工房もある。