長野県は魅力あふれる山の宝庫 東京生まれの佐藤さんは、子どものころから長野県の山に親しんでいたという。北アルプスの燕山荘でスタッフとして過ごした日々が、今のライフワークにもつながっている。 ー東京生まれの佐藤さん。長野県の山とのかかわりは 子どものころは、山好きの父に連れられて、北アルプスの常念岳や八ヶ岳などに登っていました。大学のワンダーフォーゲル部では槍ヶ岳に登ったこともありました。大学を卒業後、写真家のアシスタントを務める中、自然の原風景が残るアラスカを撮影したい思いを実現するために燕山荘で働きました。渡航のお金を貯める目的もありましたが、自然の見方や感性を磨きたいとの思いもありました。

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ー燕山荘での思い出は 思い出はたくさんありますが、実は今の撮影につながっている思いがあります。燕山荘は、小屋を出てすぐに朝陽も夕陽も見える場所にあります。山小屋は、朝陽か夕陽のいずれかが見える場所に建っていることが多いので、両方見える希少な山小屋だと思います。 登山客の多くは日の出を見に行くのですが、中には涙する方もありました。山小屋で働き始めた当初は、朝日が昇るのは毎日のことなのに、なぜ山に来た時だけ感動するのかと理解できませんでした。しかし、山小屋で過ごすほどに自然の営みの尊さや、日の出や日の入りの当たり前の現象が荘厳な瞬間であると思うようになりました。 それはアラスカで出会う自然の原風景と似ています。澄んだ気持ちや本能が震える瞬間、太古から続いていることこそ撮影したいと思いました。プリミティブな感動に立ち返ることがあると、燕山荘での記憶がよみがえります。

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ー長野県の好きな山は 長野県の山はほとんど登っていて、どの山も好きですね。その中から、強いてあげるなら大天井岳（おてんしょうだけ、2,922m）。いま住んでいる安曇野市の最高峰です。燕山荘で働いていた時に初めて縦走で行ったのですが、振り返った時に、自分が歩いてきた道が見えて、まるでジオラマの中にいるような感覚になって、とても感動したのを覚えています。 それから、山はもちろんですが、僕は登山道が好きなんですよね。燕岳から槍ヶ岳への登山道、喜作新道を作った小林喜作（北アルプス山麓の猟師であり、山案内人。槍ヶ岳登山の普及に尽力した人）は有名です。餓鬼岳の手前には、山にへばりついたような道があるのですが、山を歩きながら、道なきところに道を作った先人たちに改めて尊敬の念を抱きます。

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ー佐藤さんが行くアラスカはどんなところ 自然は自然でもアラスカと日本は別物です。日本の山は峻険ですが、自然があり、花畑もあるので自然の中にリズムと言いますか強弱があります。一方、僕が行くアラスカは標高1,500ｍほどですが、植生や気候は＋2,000ｍと言われているので、花は咲いていないし、人の気配もなく、荒涼としています。

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ー長野県の山の変化も感じているとか 若い登山客が増え、ウエアもカラフルでおしゃれになりました。しかし装備で危惧することもあります。タウンスニーカーやビーチサンダルでいる人に出会ったこともありました。足首回りまで守る靴は基本です。最近はだいぶリテラシーが高くなりましたが、山は危険と背中合わせ。最後は自己責任です。装備や知識の基本は身につけてほしいですね。

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ーこれまでの登山経験で身の危険を感じたことは 何度もあります。真砂岳から野口五郎岳へ縦走している時には20ｍ超の風に吹かれ、しゃがんでも転がってしまうほど。前は見えず、息もできないような状態のまま山頂のケルンへ転がり込むように逃げ込み、石を組みなおして窪地を作って避難。2〜3時間ほどで風は収まりましたが、その間だれも来ず、ケルンに気付かなければ疲労凍死したかもしれないと思うと恐ろしくなりました。ちょうど山に慣れてきたころで、登山スケジュールに無理をしていたことが反省点となりました。 ー特に注意したいことは 山の天気は変わりやすいので、レインジャケットは必須です。それから、大切なのはスケジュール管理、体調管理。よく「一睡もせずに登山した」と成功体験のように話す人がいますが、それは避けた方がいいです。無理をして1泊で行くような場所は、2泊でスケジュールした方が安心安全で、何より楽しいです。 自分の身は自分で守らなければならないので、怖いと思ったら引き返す勇気も必要。「せっかく来たから」「もう少しだから」という感情はよく分かりますが、事故の半数は引き返せば避けられたものばかりです。

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ーこれから山登りを始めたい人にアドバイスを 長野県は身近に楽しめる山がたくさんあります。地元に住んでいれば、朝の天気によって行ける距離に山があるのもいいですね。　 初心者におすすめの山は、本格的な装備がなくても行けるところ。例えば上高地。来る人を選ばず、だれでも行ける山のひとつです。遊歩道が整備されているコースなら、気軽に歩けます。上高地は自然の息吹が感じられる場所で、特に穂高連峰の残雪が見られる初夏がおすすめです。ターミナルを降りてから大正池や明神池までのコースもいいですね。少し足をのばして唐沢カールあたりまでは初心者でも行きやすいですね。 ほかは、ロープウエイがあるところも気軽に行けます。入笠山や北八ヶ岳、木曽駒ヶ岳、岐阜県側になりますが西穂高岳（初心者は丸山まで）など、標高2,000m超（入笠山は1,780ｍ）までロープウエイで行けます。 歩いて登るなら、まずは転んでも滑落しない所を選ぶと良いですね。例えば、霧ヶ峰の蝶々深山や上田市の太郎山。桜の季節には安曇野市の光城山などの里山もおすすめです。　 中級者なら燕岳、大天井岳。上級者なら槍・穂高岳、剣岳などでしょうか。徐々に自分にあった山を見つけ、ステップアップしていく工程も楽しいですよ。 ー山の楽しみ方を教えてください 山小屋で働いていたことがあるので、山小屋に泊まるのも楽しみのひとつになります。新型コロナを契機に、1人当たりの専有面積が広くなったので、過ごしやすくなっています。生ビールも飲めますし、食べ物もおいしい。 山小屋についたら、重い荷物を置き、軽装で散策できる時間も楽しいですよ。季節や時間帯によって見える風景が違うのも、山小屋ならではです。登山の回数が増えたら山小屋ではなく、テント泊でご飯を作る楽しみもあります。　 山は人それぞれの楽しみ方があるのも魅力。上級者になれば一般的な登山道ではなく、地図上にあるバリエーションルートで登るのもひとつ。地図を正しく読めることは基本的な知識として必要ですが、最近は便利なアプリも登場しています。ただし、情報リテラシーは重要。特に天気のアプリは多数あるので、日ごろから正確な情報を得る力をつけておくとも大切です。 ○佐藤大史プロフィール 1985（昭和60）年、東京都町田市生まれ。安曇野市在住。日本大学芸術学部・写真学科卒。写真家・白川義員氏の助手を経て2013年に独立。月刊「KURA」カメラマンを務めた。「地球を感じてもらうこと」をテーマに北米・アラスカの厳しくも美しい大自然と、そこに暮らす生き物たちの輝きを撮り続けている。2017年、エプソンフォトグランプリ三好和義賞受賞。2020年には写真集『Belong』（信濃毎日新聞社）、2022年にフォトエッセイ「写真の隙間」を刊行。2025年には新作写真集の「北の光景」を出版予定。 http://daishisato.com/