長野県の神々に会いに行く 長野県に息づいてきた博愛と祈りの心は、今も脈々と受け継がれている。理念を守り伝え、地域の歴史とともに歩んできた聖なる場所は、わたくしたちの暮らしに光を与えてくれる。 日本聖公会中部教区 飯山復活教会 明治23（1890）年、飯山復活教会の礎を築いた、カナダ人宣教師ジョン・ゲージ・ウォーラー（J.G.Waller）司祭が来日。国内を伝道し、2年後に長野県に着任。その3年後に田口善之助師とともに飯山で伝道を開始している。ウォーラー司祭は、県内唯一で最古のレンガ造りの聖堂を持つ長野聖救主教会（長野市）を曽我捨次郎師とともに創建したことでも知られている。 飯山での伝道は続いていたが、礼拝堂はなかなか建設されず幾多の変遷を経て、ようやく昭和７（1932）年、設立される。同時期には小布施町の新生療養所、上田聖ミカエル及諸天使教会礼拝堂などが設立されている。 建物の特徴は、設立当時から変わらない入口上部の羽目板。通常は横に組まれるものだが、同教会は放射状に組んであるのが特徴。設立以来修繕はしてきたが、建て替えてはいない往時のままの木造板がことに美しい。アーチ状の入口の扉へは4段の石段。そして、その上には、カナダの楓の葉のモチーフが入った聖公会中部教区のレリーフが掲げられており、古き佳き時代の正統派の建築様式を継承している。また、教会内部には当時を知る写真が残る。　 深雪の地、飯山で誰をも受け入れてきた、地域が大切に守る教会である。 日本基督教団 信濃村教会 明治期における長野県のキリスト教の布教は、仏都であるために難航したという。最初に教会ができたのは明治25（1892）年、カナダ・メソジスト教に属する伝道所として長野市の県町に建設。続いて上田に建設され、昭和31（1956）年に、信濃村伝道所が竣工している。 建設の設計者は、日本近代に大きな足跡を残したアメリカ人建築家、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ。県内にも軽井沢を中心に多くの建築を残し、信濃村伝道所は晩年のものと言われる。教会の建物は最上部に塔が乗り、外装は素地の下見板張り、白く塗った壁が規則的に並ぶコロニアル様式。屋根の緑色に白壁、グリッドの茶色が壁面を美しく引き立て、外から見るととても優美であり、開放的なところが印象深い。また、その佇まいは、伝道所の親しみやすさを感じさせてくれる。 教会内は、質素なつくりながら、祭壇に軽井沢彫りの家具を使うなど、木造建築の温かさと敬虔な祈りの場であることが伝わる。 新生礼拝堂（新生病院チャペル） 年間約120万人。人口のおよそ10倍の観光客が四季を通じて訪れる小布施町。古くから、多種多様の文化や生活様式を自然な形で町の人々が受け継いでいる開かれた町。昭和７（1932）年に、カナダ聖公会による日本の結核患者救済運動の一環として派遣されたカナダ人医師、リチャード・ケンプ・スタート博士らにより「日本聖公会新生療養所」（現・特定医療法人新生病院）が開設された。 結核は当時不治の病とされ、病院の建設は土地を探すことさえも難航した。しかし、新しく良いものを受け入れるという小布施人気質と、当時の村長の協力により、最終的にこの地での建設が叶った。そしてその陰には明治から昭和にかけ、県内でキリスト教の布教に取り組んだカナダ人宣教師ジョン・ゲージ・ウォーラー司祭の奔走があった。礼拝堂は当初、療養所内にあったが、昭和９（1934）年６月に新生療養所付属礼拝堂として献堂。戦時中の弾圧や苦難の時期にあっても、信仰の灯をともし続けた。平成15（2003）年には小布施町から「町宝」の指定を受けている。建設から86年。創立以来の愛と奉仕の精神に立ち、「全人医療」実現への希望を持って、新生病院チャペルとして、また町の教会として、今日も祈りは続いている。 長野聖救主教会 善光寺の門前町に、静閑にたたずむ煉瓦造りのキリスト教会がある。門前町ならではの町並みのなかにあってその存在感は大きいが、ほかを圧倒するのではなく、どことなく慎ましささえ感じさせる。しかし、実はこの教会、長野県で唯一の煉瓦造りの礼拝堂であり、技術面、様式面からいっても県内屈指の煉瓦建築を誇るのだ。 技術面で特筆すべきは煉瓦だ。玄関と窓のアーチ部分に通常の煉瓦とは違う、楔型の煉瓦を用いている。設計者であり創設者でもあるジョン・ゲージ・ウォーラーは煉瓦一つひとつを叩いてその強度を確かめたという。こうしたところに高い技術力と丁寧な設計がうかがえる。様式は宗派によって異なるが、ここでは窓や玄関の尖塔型のアーチ、外壁に施されたバットレスと呼ばれる補強用の出っ張り、傾斜の強い屋根 ─ と、ゴシック様式の特徴を正確に表現している。聖堂内部もゴシックで、高い天井にみられるケヤキの小屋組みが伸びやかな空間を造りながらも、時を重ねなければ生まれない煉瓦の風合いが厳かな空間をつくり出している。 善光寺門前という立地、迫害を受けた太平洋戦争、被害に遭った松代群発地震と、今に至るまでに多くの苦難があった。しかし、信州におけるキリスト教のありようにウォーラーが強い意思を持って臨んだからこそ完璧なゴシック様式の建物が造られ、それを多くの宣教師や信徒たちが守り伝えているからこそ１００年以上もの歳月を経てもなお、ほぼ当時の姿のままたたずむ。外観ににじみ出る慎ましさは、こうした歴史を礎とする卓越した強さなのだろう。 上田聖ミカエル及諸天使教会 上田駅にほど近い市街地に、入母屋屋根の頂に十字架を掲げた不思議な建物がある。ここは保育園が付設された、日本に2つしかない、れっきとした寺院建築のキリスト教会である。 総ヒノキの教会内部は天井が高く、両脇に取られた窓から差し込む光できらきらと輝いているように見える。格子窓や、磨き込まれた床や柱が生み出すのは和の雰囲気だが、縦に長い室内、中央奥の御影石の祭壇、祭壇脇の光が差し込む窓などに、キリスト教会ならではの様式が垣間見られる。しかし、違和感をまったく感じない。子どもたちが教会では落ち着いた表情をするというのにもうなずけるほどに、安心感のある建物である。 設計には、長野市にある長野聖救主教会を設計したJ・G・ウォーラー司祭が関わっている。長野聖救主教会はウォーラー氏が日本で初めて手がけたレンガ造りの正統派の教会で、仏都・長野にあって、なんとかキリスト教を伝えようという意気込みが表れている。一方の上田聖ミカエル及諸天使教会は、父 J・G・ウォーラー司祭と息子であるW・W・ウォーラー司祭が手掛けている。特にW・W・ウォーラー司祭は日本生まれでもあり日本文化に親しんでいたことが窺われ、実際に同じような和風建築の教会である奈良基督教会（日本聖公会）を視察している。親子で手掛けた教会は昭和7（1932）年に完成。また教会内に設置されている木彫りのマリア像やキリスト像は、上田出身で農民美術で知られていた中村直人の作品であり、W・W・ウォーラー司祭が中村の工房へ通い依頼したとされている。　 寺院建築の教会としても面白い建物だが、2つの教会を見比べて、ウォーラー氏の34年の間の心境の変化に想いを馳せるのも、建築物の楽しみ方のひとつなのではないだろうか。 軽井沢聖パウロカトリック教会 英国人のウォード神父によって、昭和10（1935）年に設立されたカトリック教会。旧軽井沢の賑わいの中、ひとつ奥まった北側に立つ美しい教会。軽井沢のシンボルとして愛され続けてきた教会は、往時の面影を残す木造建築（一部コンクリート造）。太い梁と梁が祈りを捧げるように力強く組まれる、鋏状の三角形を基本とするトラス構造の内部空間が特徴。丸柱の材木は栗の丸太。外から見ると、傾斜の強いコケラ葺き（現在は銅板葺）の三角屋根と大きな尖塔が印象的である。 設計を手がけたのは、日本はじめ世界各地に多くの名建築を残した世界的近代建築の巨匠アントニン・レーモンド氏。多くの教会を設計したが軽井沢では聖パウロが唯一の作品であり、氏が軽井沢に残した後世へ伝えるべき名建築のひとつである。多くのカップルがここで結婚式を挙げ、新しい家庭を築く第一歩の場所としてきた。日曜日のミサは午前９時からで、誰でもが祈りを捧げることができる。特に夏場などは別荘へ戻ってきた方々や、観光客の方が参列する姿を目にすることができる。　 昭和39（1964）年から52年間主任司祭であったコロンビア出身のカルロス・マルティネス神父（フランシスコ会）は有名。この教会を拠点にさまざまな地域の活動に尽力し、人々に愛される存在であった。