往時の佇まいが残る文化財の建物を巡る 日本一のミュージアム王国である長野県。美術館、博物館だけでなく、各市町村にはまちや個人の足跡を展示した記念館や資料館も数多く点在している。国登録有形文化財になっている貴重な建造物も多くあり、資料とともに後世へ残していきたい遺産である。 旧志賀高原ホテル 志賀高原歴史記念館 志賀高原といえば、多くのスキーヤーを魅了してきた憧れのスキー場だ。昭和に入り、ゲレンデやリフトの整備が進み本格的なスキー場開発がはじまった。その頃、志賀高原に建てられたのが、日本におけるスキーリゾートのホテルの先駆けともいえる志賀高原ホテルだ。 当時は県が京都ホテルに運営を委託。戦後、一時的に米軍の接収を経て、再び京都ホテルのグループ会社が運営してきた。しかし、スキー客の減少などを理由に平成11（1999）年に閉館を迎えた。京都ホテルは取り壊しの方向で動いていたが、志賀高原の草創期からシンボル的存在として息づいてきたこの建物を残したいと、地元の和合会が無償譲渡を受けたのだ。 外観は石積みの柱を配した車寄せに赤いとんがり屋根と、高原リゾートらしい様相。そして何より素晴らしいのが、入り口入ってすぐのラウンジだ。吹き抜けの空間の中央には暖炉が据えられ、瀟洒な空間となっている。 現在、志賀高原の歴史を伝える資料館として開館している。また、イベントも開催されている。かつての志賀高原のシンボルは、新たな形で、これからも志賀高原に生き続けていくのだろう。 柳田國男館 （旧喜談書屋） 日本民俗学の創始者・柳田國男（明治8（1875）～昭和37（1962）年）の書斎兼住居を、東京都世田谷区成城から移築。平成元（1989）年に飯田市美術博物館の付属施設「柳田國男館」として開館。平成28（2016）年11月29日、その建物「旧喜談書屋」が国登録有形文化財に登録された。 氏の人と業績を紹介する「展示室」、著書などが並ぶ大書斎・柳田國男記念室、民間の研究団体・柳田國男記念伊那民俗学研究所の活動拠点が置かれている。 建築は昭和2（1927）年。間口9間、奥行5間の木造2階建の切妻造。洋瓦葺、半木骨造ともよばれるハーフティンバー様式のシンプルな外観。館内もすっきりとした佇まいの中にも知的な気品が随所に感じられる。 1階は壁面全体に書棚が配置されている大書斎「柳田國男記念室」。書斎内には独立して立つ4本の柱がありとても印象的。民俗学徒や来客を迎えたそこは、民俗学の〝土俵〟と呼ばれた。旧喜談書屋という名は、来客を迎え嬉々として談じようとする気持ちを、地名の「喜多見」にかけてつけられた。2階は氏の業績や飯田の人々とのつながりを紹介する展示室として多くの人を迎えている。 坂木宿 ふるさと歴史館 坂木宿は江戸時代、江戸と北陸を結ぶ北国街道の中でも随一の規模を誇った宿場町であり、慶長8（1603）年に最も早く宿場の指定を受けるなど華やかな場所だった。特に加賀100万石の大名の前田家は毎年数千人の家臣を従え坂木宿に宿泊したという記録が残っている。緩やかな坂道の途中、本陣宮原家のあった場所に立つのが、「坂木宿ふるさと歴史館」で、昭和4（1929）年に建てられている。 坂木宿のあった場所は、宿場としての維持繁栄のため飯盛女を抱えた旅籠などが軒を連ねていた。この建物は、坂城駅前で大正時代に遊郭を経営していた家主が好んで遊郭建築の建物を作った。木造3階建ての和風建築に戦後増築された洋風部分が調和し、風情ある美しい様子が訪れた者の目を引き、ふと立ち止まらせる力を持つ。 館内は1階に川中島合戦図屏風や村上氏関係の資料を、2階は坂木村の宿場指定を示す朱印状をはじめとする北国街道に関する資料、またこの地域で盛んだった日本の独自の文化「和算」に関する資料も展示している。建物は平成13（2001）年に町に寄贈され、坂木宿の貴重な歴史・文化の史料を展示し親しまれている。 また、通りに面した土壁の門は坂木宿本陣時代に表門として使用されたもので、250年以上前の藩や幕府の役所〝陣屋〟の門を移築したと伝えられている。 奥村土牛 記念美術館 現代日本画壇の最高峰であった奥村土牛（1889～1990年）の素描をはじめ、下図や書、207点を収蔵している。ここは大正15（1926）年に起工し、昭和2（1927）年に完成した地元黒沢一族の黒沢合名会社の集会所「黒沢会館」と呼ばれていた建物を昭和60（1985）年に当時の八千穂村（現佐久穂町）に文化施設として寄贈したものだ。会館は黒沢家の冠婚葬祭の式場や集会所、宴会場として利用されていた。玄関をはじめ、いたるところに檜、欅など良質な木材を使用し、1階の欄間や床の間、階段、2階の格天井などに見られる気品と落ち着いた美しさは、往時の絢爛ぶりを今に伝えている。当時の村の予算の3倍という莫大な工事費をかけたとも言われる、その豪華さを垣間見られる。 101歳まで絵筆を執り続け、生涯現役を貫いた奥村土牛は戦災で家を焼かれ、黒沢一族の最長老の計らいで会館の離れで生活と制作活動を送れるよう手厚く迎えられた経緯がある。会館は当初、村の資料館になる予定で、展示物のひとつにと村に縁のある画伯に寄贈を願い出た折、大量の素描が寄付され、これがきっかけになって記念美術館として平成2（1990）年に開館、平成9（1997）年に町指定有形文化財となった。 諏訪市美術館（旧懐古館） 一見すると、銭湯のような佇まいを持つ諏訪市美術館。市の美術館として運営しているのは、昭和31（1956）年から。以前は、明治後期から諏訪地方の製糸業で中心的存在を示した片倉財閥が、昭和3（1928）年に建てた「片倉館（国重要文化財）」の付属施設として、「懐古館」という名で使用していたものだ。懐古館では、美術品や蚕糸関係の展示を行ったといい、建物は、昭和25（1950）年に市へと寄贈されている。公立の美術館としては、県内では最も古く、国内でも5番目に古いと言われている貴重なものだ。 国の登録有形文化財に登録されたのは平成23（2011）年の10月。理由は、和風のデザインでまとめられた外観の美術館と、洋風デザインの片倉館の建物が、諏訪湖畔独特の景観に貢献しているということから。 帝冠様式のくくりに入るといわれる建物は、主に昭和5（1930）年から10年間ほどの短い間に造られた建築様式で、建物本体が洋風のコンクリート製、屋根は和風の瓦屋根が特徴。ポーチ部分の4つの柱が目に留まり、西洋の近代的な構造と伝統的な日本的デザインを繋ごうとした時代の折衷様式でもある。外壁の白壁と、れんがを思わせる、腰板に貼られた鉄平石、中に入ると2階部分の展示場の梁が微妙な曲線を帯び美しい。